ずいぶん前に「大塚国際美術館」を訪れた際、モネの「睡蓮」の屋外展示を観た。それまでモネ、ひいては印象派画家たちの描く絵画に関心を持ったことはほとんどなく、どちらかといえばボッティチェリのような宗教画が好きだった。
ところがその展示を観た途端、急に「私は印象派のことを何も知らなかったんだな」と思った。なんて、美しいんだろう。そのとき初めて、モネの絵画の魅力を、「印象」で描くその手法の意味を、私なりに解釈することができた気がした。
そして時を経て今、原田マハさんの『モネのあしあと』を偶然手にとることになり、改めて、言語化された印象派の魅力に触れた。
印象派たちが変えた絵画の世界
原田マハさん『モネのあしあと』は、モネの生きた時代に描かれた作品やそれらの評価、時代背景などを丁寧に解説している一冊。本書を読んでいると、当時のアーティストたちが、いかに“新しい時代の作り手”であったかがよくわかる。
ロダンやルソーなどさまざまなアーティストについて解説されていたが、ここではモネと印象派の話をしたい。
当時は、公式的な美術展覧会である「サロン」に出品することが中心であった時代。しかし、モネは次第にサロンと距離を取り始め、当時多くの画家が描いていた人物画ではなく、風景画を描くようになったという。
そして仲間内で「第一回印象派展」を開き、「印象――日の出」を出展するに至った。

ちなみに彼らが活躍した時代は、ヨーロッパ全土に鉄道網が延び、移動がより自由になった頃とのこと。海水浴やピクニックなどのレジャー文化が栄え、画家たちもまた、旅に出て風景を描けるようになったそうだ。これもまた、印象派の芸術に影響を与えていると推測されている。
興味深かったのは、原田さんが印象派が活躍した時代の流れを現代と似ている、と評した点だった。印象派たちは制約だらけだった絵画表現を越えて、自分たちの表現を残すことに苦心した。それは個人の表現が活発化している現代に近しいのでは、という見解。
フランスにも日本美術をはじめ、いろいろな刺激が外から入ってきて、人々は世界の広さに気づき、好奇心を目覚めさせます。世の中にいろいろな価値観があることを知り、「何でもアリだね」と認める雰囲気は、現代と似ていると思います。
『モネのあしあと』p.137
確かにSNSを通して、今まで見たことのない面白い作品に出合うことも増えた。
それらは「いいね」や「シェア」によって評価され話題となり、結果SNS発のメジャーアーティストになることも珍しくない。私もSNS経由でお気に入りの絵画やアクセサリーなどを見つけたこともある。
また、そうした発信を見て、「自分も発信してみよう」と考える人も増えたことだろう。印象派の時代の如く、広がりゆく芸術の波を見られていると思うと、なんだか嬉しく感じる。
印象派と浮世絵の関係
印象派を語る際に欠かせないキーワードといえば、「浮世絵」ではないだろうか。日本人の多くが印象派の作品を好むのは、彼らが浮世絵に影響を受けているために、日本人にとって馴染み深い作品になっているからとも言われている。
原田さんも本書にて「印象派の作品の中には、日本美術が生かされているので、私たちが見ても親しみを感じ、また安心感を覚えるのです。頭で考えるより、心で感じてしまう」(p.139)とコメントしている。

しかしながら、具体的にどう影響を受けていたのかは全く知らなかったので、本書で学ぶこととなった。雨を線で書くという表現、大きく取られた余白、左右非対称の構図など、日本人特有の感性・表現はさまざまにあるのだという。
海外のアーティストたちにはこれが衝撃で、特にゴッホは歌川広重の作品をまるっとコピーしたこともあるというから驚き。
また、日本人の自然との向き合い方が、絵画を見るときの感性に影響を与えているという話も新鮮であった。
モネは草や花を、命が宿っているように掻きます。それは日本人の感覚と似ています。私たちは巨木があれば尊さを感じ、日向に小さなスミレの花が咲いていれば話しかけたくなります。そこには、自然の中に神や命が宿るという、日本古来の自然観が染みついています。
『モネのあしあと』p.140
宗教画などを観ていると日本と海外の作品は全く別物で、まるで交じり合っていないように見える。しかし印象派を通して見ると、日本と海外の芸術文化につながりを見出すことができるのである。
いつか見てみたい「死の床のカミーユ」
モネの作品もたっぷりと掲載・解説されていたが、一冊読み終えて一番見てみたいと思ったのは「死の床のカミーユ」であった。
カミーユはモネのパートナー。結婚をするつもりであったものの、モネの家族から結婚を認められず、失意の中で亡くなっていったという。
モネはカミーユと息子のジャンを多く描いていたが、カミーユが亡くなってからは人物像をほぼ描かなくなったとのこと。となると、同作品はかなり重要なターニングポイントになっているのかもしれない。
現在はフランスの「オルセー美術館」に所蔵されているようだ。いつか訪れてみたい。
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