『小説の解釈戦略』川口喬一。『嵐が丘』を恋愛物語以外の視点で考える

エミリー・ブロンテ『嵐が丘』は、読む前からあらすじを知っていた。最初に読んだのはもうずいぶん前だが、確か荒々しい愛の物語であるとどこかで聞いて、「そうなんだ」と思いながらページを捲った。

ところが読み終えてみると、これが恋愛小説のジャンルに振り分けられるのは変じゃないけど、何か違和感があると思った。物々しい雰囲気や強い復讐心は、純粋な愛の物語だけとは言えない要素を感じるからだ。

川口喬一氏の『小説の解釈戦略』では、『嵐が丘』を恋愛小説として読む風潮も多いが「だがはたして、このようなロマンティックな恋愛劇が『嵐が丘』の実像なのであろうか」(p.17)と疑問を持つ場面がある。実のところ『嵐が丘』には「無数の解釈の歴史」があるといい、当然恋愛物語以外の部分にも焦点を当て、さまざまな批評が行われているとのこと。

本書はそんな『嵐が丘』の幅広い解釈を一つ一つ取り上げて解説していく一冊。さまざまな読み方があって驚いた。

『嵐が丘』作中の正確な描写

小説に登場する年代や日付、場所を細かく気にする人がどれだけいるのかはわからない。ただ、私は結構気になるし、バチっと計算されて作られている物語を見ると、感動する。とはいえ、現代では著者ご本人はもちろん編集者や校閲のお仕事がちゃんとあるものの、昔は今ほどの細かい確認ができなかったのではないか。

本書によれば当時の読者もまた、作中のそういった側面的な情報を著者が「興の向くままに勝手なデータをばらまいただけ」(p.54)と考える一面があったという。ところが『嵐が丘』はかなり綿密に構成されているそうで、それゆえにヒースクリフの復讐劇がしっかりと成り立っているとのこと。

作中で使われているエミリーの法律の知識(土地所有とか財産相続に関するもの)もまた、正確にそのものであるという。法律が『嵐が丘』と何の関係がある、と思われるかもしれない。じつは、ヒースクリフが念願の復讐を果たすためには、両家の財産を、たとえ人道に反しようと、合法的にわがものにする必要があったのである。

『小説の解釈戦略』p.56

正直、当時の土地所有や財産相続についてはまったくの無知で、さらりと読み流していた。こんなところまで細かく事実に照らし合わせて作られているとは……こういう一般読者が気づかないような緻密な設定が、物語を純粋に楽しませてくれる力に繋がっていくと、個人的には考えている。

『嵐が丘』はおとぎ話の要素を持っている?

もう一つ面白いなと感じたのは、『嵐が丘』がおとぎ話の要素を持っているという解釈。

『嵐が丘』には確かに、大人になれない子供たちの物語という面がある。その意味でこの小説は、大人になること、明確な自己を確立することの困難さを描いた作品だと言うこともできる。というふうに見れば、『嵐が丘』の中にある種のおとぎ話の原型があっても少しもおかしくはない。

(p.111)

そうかもしれない。初めて読んだとき、キャサリンやヒースクリフの悪い意味での子どもっぽさ、ちょっと恐ろしさすら感じる無邪気さや純粋さが印象に残った。それはここで言う、「大人になれない子どもたち」の様子を感じ取ったからだと思う。

読んでいるときはまったく気づかなかったが「家政婦ネリーには、ときどき『悪漢(ヴィラン)』的要素がちらつく」(p.116)という話も興味深い。キャサリンがネリーに対して何度か「魔女」とののしるシーンがあるといい、そうだったかも……とハッとした。

悪の面を持ちつつ読者を惹きつける、ヒースクリフの魅力

最後に、『嵐が丘』の物語の鍵とも言えるキャラクター・ヒースクリフについて。ヒースクリフは復讐に燃える存在で、ときに野蛮で恐ろしく映る。それでも読者の中には、彼に魅力を感じる人も多いはずだ。

確かに彼は非人間的ではあるけれども、なぜ彼が非人間的であるかがわれわれには理解できる。われわれは、彼を抑圧する者たちに対する彼の行為の中に、素朴な倫理的正当性を本能的に認めることができる。(p.129)

私は以前、ヒースクリフのキャラクターが苦手だったが、今は魅力的な人物に映っている。それは自分にとって彼の倫理的正当性を認められるようになったからかもしれない。

ある種の倫理的正当性を求められる悪者(とされる)キャラクターに、私はすこぶる弱いことが最近わかった。現在のわかりやすい例でいうならば、『ジョジョの奇妙な冒険』のディオ・ブランドーや、『シャーマンキング』のハオのような……

また、ヒースクリフはいきなり嵐が丘にやってくる外来者であるからこそ、彼の立ち位置は「社会の試金石」のような存在だとも指摘されていた。その流れで書かれていた「この社会で愛されることも可能だし、拒否されることもあって良い」(p.136)という表現が、個人的にはしっくりとくる。ヒースクリフのその不安定な立ち位置もまた、魅力の一つになっていると思った。

『小説の解釈戦略』は本当に、びっくりするほど多角的な視点で『嵐が丘』を考察している。フェミニズム批評やマルクス主義批評も面白かったなあ……

もっと「海外文学」の記事を読む

⇒海外文学の記事一覧はこちら

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA