ヴァージニア・ウルフは「かわいい」。『かわいいウルフ』で真の魅力を知る

ヴァージニア・ウルフと言えば、イギリス19~20世紀を代表する作家である。文化人が集う「ブルームズベリー・グループ」に所属し、フェミニストであり、小説はもちろん、エッセイなどさまざまな著書を世に残した知的でかっこいい女性……と思っていた、今までは。

しかし、『かわいいウルフ』を制作した小澤みゆきさんは、「ヴァージニア・ウルフは、かわいい」という。私にはない発想だったので驚いたが、読み終えて思う。ウルフは確かに、かわいい。

シリアスとユーモアの両方を大切にしている

ウルフの作品はいくつか読んだことがあるが、実のところ私は「かわいい」という印象は受けたことがなかった。ウルフの代表的な手法といえば「意識の流れ(Stream of Consciousness)」。人の感情や意識、その周りの様子を流れるように描写している。シリアスな印象があるが、本書によれば、その中にはユーモアがちりばめられているという。

注意深く読んでみると、人物の言動や意識が実にチャーミングで、人間臭く、茶目っ気にあふれているかがわかります。シリアスさと同じくらい、ユーモアを大切にしていた作家が、ヴァージニア・ウルフなのです。そのシリアスとユーモアを行き来する様子を、わたしは<かわいい>と形容したいと思います。

「ごあいさつ」小澤みゆき

例えば、「ウルフ長編作品への招待 序文――ヴィジョンとユーモアの中へ」(小澤みゆき)では、『ダロウェイ夫人』のかわいい部分について触れられている。本書に登場するピーターは、昔の恋人であるクラリッサと再会し、昔の思い出を振り返ったり、現在の彼女の様子にあれこれと想像を巡らせたりする。ところがクラリッサはつれない態度で、ピーターは「ツンツンとして愛憎交わる思い」を募らせていく。

この場面に対して、(ここ、テストに出る萌えポイント~!)(p.11)と書かれているのに笑ってしまった。そう言われれば、本当にそうである。萌えの募る、かわいいエピソードなのだ。クラリッサのシリアス具合に浸りっぱなしで、全然気づいていなかった。

あるいは、『フレッシュウォーター』『幕間』において「ちょっとした笑いやギャグのようなノリも散見されます」(p.11)とあり、ハッとする。ギャグ、ノリなどの言葉はウルフの作品に合わないと決めつけていたが、そんなことはない。彼女はひっそりとユーモアを散りばめ続けているのだ。そして私は思わず発する。「なんだそれ、かわいい!」

本書で見つけた、新しい「かわいい」ウルフ

本書ではヴァージニア・ウルフの人間性や作品の特徴を解説しつつ、小澤さんの「個人が抱く極めて主観的なイメージ」を主題としてまとめている。さらに、さまざまな人のウルフ観として、エッセイや料理、翻訳、まんが、インタビューなど多岐にわたった手法でウルフを見ることを試みている。これが随分、ウルフを「かわいい」視点で見ることに役立った。彼女のセンシティブでシリアスなイメージが、少しずつ和らいでいく。

例えば、「『灯台へ』の料理を作ってみた」は、作品内に出てくる料理に挑戦する企画であった。作り方や料理の写真が掲載されており、物語をより身近に感じる要素になっていた。私たちのリアルと重ね合わせることで、ウルフ作品は遠い存在ではないと教えてくれるように感じた。

また、短編「Kew Garden(キュー・ガーデン)」は本書にて、初めて読んだ。これが私の中でいちばん「かわいいウルフ」だった。植物園のやわらかな様子はもちろん、行きかう人々の会話や感情は、うまくコミュニケーションが取れずに話がそれたりズレたりしていて、ユーモアを感じる。

そして、とにかくデザインがかわいい。私はウルフに対して「かわいい」という感情を抱いたことがなかったのに、この可愛らしいデザインやレイアウトになぜか「ウルフっぽいなあ」と思ってしまったのだから驚きである。いったい私の中に内包されているウルフのイメージはどうなっているのか……

ハマる人、挫折する人、さまざまな感想が楽しい

「ウルフのティーパーティ」のページでは、さまざまな人の感想を見ることが出来た。これがなかなか新鮮だった。

にゃんこさんの「夢のような話」では、ウルフの本を読んで、アフタヌーンカフェをしたときと同じような気持ちになった話が綴られていた。「ロマンチック、乙女、ゴージャス、かわいい、素敵、メルヘンーーそう、夢の中にいるようだった」(p.64)とあり、私と真逆の感想ににんまりした。同じ「好き」でも、感じ方は異なる。それが読書の面白さである。ただ、今読み返したらきっと、「メルヘン」や「素敵」な部分をたくさん見つけられそうな気がして、わくわく。こんなウルフ作品の読み方をしてみたい。

また、中には初めてヴァージニア・ウルフを読み、挫折してしまった人の話もあって、それもいいなあと思った。挫折したって、面白いと感じられなくたっていいと思う。趣味趣向や価値観は人それぞれだ。

私は古い作品が結構好きなのだが、そうなるとなんだか堅苦しい、小難しいイメージをもたれてしまいがち。しかし最近同様に古い作品が好きな友達が出来た際、久しぶりに「ここはきゅんとする」「推しは誰々」「めっちゃ面白くない?」「わかる、好き」みたいなオタクの権化のような会話ができて楽しかった。深く精読するもよし、気軽に読んで気軽に語り合うもよし、どちらも楽しんでいきたいと考えている。

「かわいいウルフ」はそうした誰もが好きなように作品を読んで好きなように語り合う、という一面を改めて感じさせてくれた一冊であった。編集後記の「我ながらこの本最高だわ~!」「ていうかめっちゃ面白くない?」などといった語りが好きで、真面目とユーモアが入り混じるこの本自体が、まさに「かわいい」ではないかと感じた。

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