『食べる西洋美術史』西洋の食は宗教、そして芸術と密接な関係にある

食に詳しい人や食好きを指す「グルメ」がフランス語であるように、そしてフランス料理やイタリア料理が和食に負けじと日本で愛されているように、西洋の食文化は認知度も質も高く、それは世界でも認められている印象がある。

では、そのルーツはどこにあるのか、いつから食にこだわりを持つようになったのだろうか?

これらを知るきっかけの一つに「西洋絵画」がある。宮下規久朗さんの『食べる西洋美術史 「最後の晩餐」から読む』では、そんな西洋絵画と食の関係性を記した一冊。本書のおかげで、西洋の芸術から見える食の文化・歴史を多角的に知ることが出来た。

食事はそもそも、社会的・宗教的である

「食べることは生きることだ」という言葉もある通り、私たちは食べなければ生きていけない。しかし、「食事」に関しては生きることだけに留まらない意義があると思う。

本書で挙げられていたのは、社会的・宗教的な意味合いだ。例えば、文化人類学者の石毛直道氏によれば、「家族」はもともと食べ物を分け合う・共に食べる行為から形成されたのだという。

日本でも確かに、「同じ釜の飯を食う」「一味同心」「杯を交わす」など食をつながりとして関係を深める言葉が多くある。

また、西洋では聖書に頻繁に「食べる」「飲む」といった言葉が登場し、キリスト教徒も関係が深いことがわかる。このことから著者の宮下さんは「古今東西を問わず、食事というものは根本的には宗教的で社会的である」と言って良いとしている。

食が美術と結びつく、西洋特有の事象

しかしながら、食が美術の主題として扱われるのは西洋独自の事象なのではないかという著者。日本で食事が主題となったのは近代以降であり、食にこだわりの強い中国でも、美術の主題になる例は稀なのだそうだ。

確かに、前述の社会的・宗教的側面を振り返ってみても、日本では食事をあくまで「関係を深めるためのもの」としていて、食自体にスポットが当たることは少ない。中国も食にこだわりが強いことはわかるが、中国の芸術を思い出す際に食とは結び付かない。

食べ物や食事は西洋美術においては常に中心的なテーマであった。古代世代ではすでに食物がさかんに表現され、墓室には宴会の情景が描かれていたが、中世にキリスト教によって食事に神聖な意味が与えられると、食事の情景が美術の中心を占めるにいたった。

この伝統が近代にも継承され、現代もなお重要な主題であり続けている。

『食べる西洋美術史』宮下規久朗 プロローグ

では私たちが、“西洋の食にまつわる芸術作品”と聞いたとき、何を思い浮かべるだろうか。いろいろな答えがあるが、やはり「最後の晩餐」を最初に思い浮かべる人は多いだろう。

『最後の晩餐』が芸術にもたらした影響

レオナルド・ダ・ヴィンチがミラノのサンタ・マリア・デレ・グラツィエ聖堂の壁面に描いた『最後の晩餐』。イエス・キリストが捕縛される前日に、十二人の弟子たちとエルサレムで食事をする様子が描かれている。新約聖書の内容をもとにした、日本でも非常に有名な作品だ。

最後の晩餐は、キリスト教で通例とされる「聖餐式」や「ミサ」の由来となっており、「キリスト教の生涯の一エピソードとして物語場面が表現されたものというより、ミサの起源としての意味を強調し、毎日食べるパンに与えられた神聖な意味を思い起こさせる」ためのものであるという。

西洋において食事に神聖な意味が付与されたのは、何よりも「最後の晩餐」、そしてそこから発生したミサのためであると言ってよい。パンとワインというもっとも基本的な飲食物が、神の体と血であるというこの思想が、西洋の食事観を決定したといっても過言ではない。

『食べる西洋美術史』宮下規久朗  第1章 ≪最後の晩餐≫と西洋美術

ダ・ヴィンチ以外にも最後の晩餐をテーマに作品を描いた人は多く、本書にはそのことも細かに記載されていて興味深い。あらゆる意味を含んでいるにせよ、食事している風景が神聖なもの・芸術性の高いものとして評価されているのである。

ちなみに、日本で食事の場面が表立って表現されるようになったのは、明治以降。ちょうど西洋美術が流入してきた時代であり、その影響を受けているのではないかとのこと。中には『最後の晩餐』を意識したとされる作品もあるそうだ。

「食前の祈り」や「食の施し」も芸術のテーマに

食事風景だけが、食を表す芸術ではない。例えば、本書で紹介されていた一つに、キリスト教の習わしである食前に祈りを行う風景がある。

ニコラス・マースの『祈る老婆』では食事を前にした老婆が祈る姿が、コルネリス・ベハの『食前の祈り』では夫婦が食卓を囲みながら祈っている様子が描かれている。

また、キリスト教では人に食べ物を与えることが美徳とされることから、「貧者に食を配る」「炊き出しを行う風景」なども盛んに描かれているようだ。

代表的なものには、ロレンツォ・ロットの『聖ブリキッタの施し』や、アントニオ・プーガが描いたとされる『貧民の食事』などが挙げられる。

この食の施しに関する作品は、聖職者が貧民に与える風景だけではない。バルトロメオ・スケドーニの『慈愛』のように、庶民同士で食べ物を分け与える作品も描かれていたようだ。

「西洋美術における食事は、聖餐につながるだけでなく、慈善行為の主題としても神聖な意味を持っていた」と宮下さんは言う。

ここまでを振り返ってみると、西洋で食事が芸術とされていた理由がよくわかる。宗教と密接に関わる重要な行為であり、日々の暮らしで必要な食とはまた別の芸術に昇華されている印象がある。

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