林綾野さん著『浮世絵に見る江戸の食卓』は、浮世絵に描かれた食べ物から食文化を紐解く一冊である。
本書を読む前は「作品に描かれているものだから、きっと豪華な貴族の食事なんだろうな」と勝手に思っていたのだが、いざ目を通してみると、民衆に親しまれた料理やお酒の数々、さらには今でも馴染み深い料理が多数掲載されていて驚いた。
浮世絵一枚でこんなに食文化がわかるものなのか……
「下り酒」文化を知る
寿司、そば、幕の内弁当などなど、今でも馴染み深い料理が浮世絵にはたくさん登場する。江戸時代と現代では変わらないことも多いのだなあと感じた反面、新たに学ぶ文化も少なからずあった。
印象的だったのは、「下り酒」。
下り酒とは、現在の大阪や兵庫にあたる地域で作られたお酒のことで、船によって江戸に運ばれ、当時の江戸で暮らす人々に絶大な人気を誇っていたのだという。年間100万樽をこえることもあったというからスゴイ。
この下り酒は、浮世絵にもいくつか描かれている。ここに掲載されていたのは歌川国芳の「名酒揃(めいしゅぞろい)剣菱(けんびし)」(1846年頃)や、喜多川歌麿の「教訓親の目鑑 俗二云ばくれん」(1802年頃)など。
特に「教訓親の目鑑~」はユニーク。下り酒と思われるお酒を楽しんでいる女性が描かれている。“ばくれん”というタイトルは同じ女性としてちょっと腹立たしいが(別に女がお酒を楽しんでもいいでしょ!)、描かれている当の女性は存分に楽しんでいる様子で微笑ましい。
解説に「着物の柄をよく見ると、剣菱、男山、七つむすめなど、下り酒の銘柄の紋様がうっすらと描かれている」(p.103)とあり、それを発見するのも楽しい一作だった。
江戸の食事情に欠かせない「屋台」
当時は飲食店もあるだろうし、家庭でも美味しいものが食べられるだろうし、演劇を観ながら食べるという風習もあるだろうし……と、ここまでは何となく想像できていたが、「え、そんなに!?」とびっくりしたのが屋台文化。
歌川広重の「東都名所 高輪廿六夜待遊興之図」(天保末期、1840~43)では、屋台がずらっと並び、その前を人々が行き来している様子が描かれている。天ぷらや団子、烏賊焼き、寿司、さまざまな店が軒を連ね、思い思いに楽しむ人々。
なんって、面白そうな場所……
江戸ではどうやら、人が集まるところに屋台を出店するのが一般的だったらしい。祭りで屋台が並ぶのは、その名残もあるのだろうか……? 本書によれば、屋台の種類にもいろいろあるようだ。
行楽のともとしての屋台、そして参勤交代などで江戸に暮らす単身の男たち、地方から仕事を求めて出てきた人たちが日々の食事を調達するために通った屋台など、江戸の町に屋台は欠かせなかった。飲食を商う店もあれば、絵の左奥にある「けんばん」という、芸者の取り次ぎをする店もある。
『浮世絵に見る江戸の食卓』p.109
当時は「場所を選ばずどこでも商売を広げることができた」そうで、その自由さが屋台文化を生みだした理由の一つと言えるのかもしれない。
それにしても浮世絵、めちゃくちゃ面白かった……「富獄三十六景」や「見返り美人」、「東海道五十三次」のような有名作品しか知らなかった自分が悔やまれる。もうちょっと勉強してみたいな。
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