本から紐解く「校正」の話。AIにとって替わることのできない繊細な仕事

「校正」は繊細で、丁寧で、人ならではの仕事なのではないかと思う。

極端な話として、「誤字脱字チェックだけならいずれAIに取って代わられるのでは」と言う人もいるだろう。確かに、今もワードやGoogleドキュメントなどにはあらかじめ校正機能があるし、機械によってできる範囲はもっと広がっていくのかもしれない。ただし、いろんな情報を見聞きしていると、校正にはやはり、人の力が必要だと強く感じる。

人の知恵を使わなければなし得ない仕事

メアリ・ノリス『カンマの女王』は、人気週刊誌「ニューヨーカー」のOK係(=校正係)のノンフィクション。本書では、校正という仕事の難しさや醍醐味が語られている。

校正する原稿は往々にして書き手のプロの作品だ。ある程度の誤字があったとしても、間違いは少ないように思われる。ところがそれでもスペルミスをするし、文法すらも間違える。間違え方にもいろいろあって、すぐに機械が拾ってくれるものもあれば、拾いきれないものもあるそうだ。

あるいは、一般的な表記としては間違いでも、「敢えてこの表記を選んでいる」なんてこともある。著者を始めとした校正者は、間違いを拾うだけでなく、拾ったうえで指摘を書くか、書かないかを随時検討し、出しゃばりすぎないことを心掛けているという。機械であれば、かなりの確率で出しゃばりすぎる。近年の誤字の指摘は優秀過ぎて、敢えての表記も勝手に直したりしてくるから、ある意味頼れないなあと思う時がある。

書き手たちは、われわれが基準に合わせようと文章にルールを押しつけたり突っついたりすると思っているかもしれないが、同じくらい身を引くし、例外もつくるし、すくなくとも、やりすぎとやらなすぎのバランスをとろうと努めている。

『カンマの女王』p.55

著書は校正の仕事を「魔女みたいな存在」として怖がられていると評していて笑ってしまったが、むしろ書く人すべての心強い味方ではないか? 書き手の持ち味やこだわりを配慮しながら間違いを確認してくれるのだから。

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食べること・読むことがとにかく好き。食と本にまつわる雑感を日々記録しています。