小さな土鍋で出来たてを食べる「小鍋立て」――池波正太郎『江戸の味を食べたくなって』

池波正太郎氏のエッセイ『江戸の味を食べたくなって』では、二月の印象的な料理として「小鍋立て」を取り上げている。初めて知った料理だが、冬の寒い時期にぴったりだと感じた。同エッセイで紹介されていた素敵な食べ方を記録しておくことにする。

「小鍋立て」とは?

小鍋立てとは、底の浅い小さな土鍋にだしを張り、数種類の具材を入れて煮立てる鍋のこと。小鍋で作るからこそ火の通りが早く、さっと食べられる。複数人で楽しむものというよりも、一人で手軽に食べられる簡易鍋といったところだろう。

エッセイの中ではアサリと白菜のみで作ったシンプルなものが綴られていたが、だしに野菜と魚介の旨味がしっかりと染みて美味しそうである。

昔は家で食べることはもちろん、大衆食堂でも提供されていたという。各人に小さなガス台と一人前用の銅や鉄の小さな鍋が用意され、牛や豚、鶏、蛤などをメインにした鍋がふるまわれる。

早熟な私は小学生のころから、ニ十銭ほど出して、
「蛤なべに御飯おくれ」
などといっては、銀杏返しに髪を結った食堂のねえさんに、
「あら、この子、なまいきだよ」
とやっつけられたこともある。

池波正太郎『江戸の味を食べたくなって』

好きなものを好きなだけ食べられる

簡単な一人鍋という側面はあるが、「食べたいものを好きなだけ食べる」というスタイルにも向いている。家で作る場合は、具材とだしを食べる分だけ継ぎ足していけるからだ。

好きなだけ具材を盛り、「煮ては食べ、食べては煮る」。ある意味かなり贅沢な一品と言えるのではないだろうか。

皆でつつく鍋であればバランスよく食材を盛り込むことを意識するが、一人だったら大根ばかりを煮込むとか、余った食材をたくさん投入する、なんてこともできる。薬味を都度変えるのも楽しそうだ。

エッセイにはほかにも、小鍋立てで食べたら美味しい食材の組み合わせがいくつか紹介されていた。

  • 鶏肉の細切れと焼き豆腐とタマネギを、コンソメで煮て、白コショウを振る
  • 刺身にした後の鯛や白身の魚を強火で軽く焼き、豆腐やミツバと煮る
  • ちりれんげで掬った貝柱を、れんげごと鍋へ入れて煮てから、柚子をしぼる
  • 牡蠣鍋や、豚肉のロースの薄切りをほうれん草と併せる

どれもすぐにできる簡単なものでありながら、ひと工夫が目立つ。小鍋立て初心者の私にとって、とても有益な情報であった。

ちなみに、池波氏は若い頃は小鍋立てを“楽しむ”ことに関心が薄く、カツレツや天ぷら、鰻、ビフテキといったボリュームのある料理を好んでいたそうだ。しかし、40歳前後で「冬の夜の小鍋立てが、何よりも楽しみになってきた」という。

正直に言えば、私も10年前であれば、まったく関心を示さなかったかもしれない。じんわりとしただしの味わいが好きになってきた今だからこそ、小鍋立てを存分に楽しみたいのである。

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