村井弦斎『台所重宝記』。良い食材を見分ける、より美味しく料理を作る昔ながらの知恵



村井弦斎『台所重宝記』は、1905(明治38)年に初版発行。小説『食道楽』から実用部分をピックアップして再編集された、台所仕事に関する実用書だ。当時、知識を学ぶ本が多かった中で「実際に役に立つ本」として珍しがられ、重宝されたのだという。編訳を担当した娘の米子氏は、あとがきで以下のように解説している。

台所のこまごました実地経験を導きながら、父弦斎は、ものの本質をつかむこと、ほんものと、にせものと、見分ける眼を鋭くすること……などを教えた。これは、わたくしにとって単に台所仕事ばかりではなく、人生のあらゆる面での原点となっている。

『台所重宝記』p.296

実際に読んでみると、なるほど、良い食材の見分け方や適切な調理方法、台所仕事でした方が良いこと、しない方が良いことなど、さまざまな“問答”が綴られている。そしてそれは、確かに台所仕事だけに留まらない考え方だろう。

知恵を持つことが、生きることにつながる

掲載されている知恵は多様だが、代表的なものの一つに、食材の見分け方がある。

例えば「第一 米問答」では二つの米を見比べて、どちらの米が良いものかを具体的に紹介している。上等な米は「芽という所の白いようなものが小さくなってお米が全体によく透き通っていて光沢(つや)がある」とし、一方で「芽が大きくって黄色くってお米の全体が薄白く曇っていて光沢が少しもない」(p.21)ものは悪い米だと解説している。

あるいは「第六 味醂問答」では、酒や味醂を検査する「過格魯児化鉄液」について解説している。一滴落とすと、酒や味醂の色が黒く変わることがあり、これは人体に毒の「サルチル酸」がたくさん入っている証拠なのだとか。

現代は質の高い食材が多く提供されるようになって、見分ける能力もさほど必要ではなくなってきたのかもしれないが、この時代は“質の悪いもの=体に毒”ということもあり、見分ける知識が大切になっていたのだなと感じる。

ひと工夫でより美味しく。フードロスをなくす知恵?

続いては、料理をより美味しく食べるコツ。食材をどう扱えばよいか、何をすればより美味しくできるのか、ちょっとした工夫があちこちに記されている。

「第三 漬物問答」では「きゅうりを苦くないように漬ける法」について書かれていた。現代では苦いきゅうりに出合うことがない(と私は思っている)ので、こんな工夫をしていたのかと感心した。

切口のほうを上へ向けて直立(まっすぐ)に糠味噌の中へ挿しこんで切口と糠味噌の表面(うわつら)とスレスレにしておくと、その切口から気が抜けて苦味が取れます。ごく苦いようなきゅうりなら、その切口へ炭酸ソーダをちょいと塗りつけて漬けても苦味がなくなるよ(p.35)。

「第八 味噌問答」では酸っぱくなった味噌について「味噌汁を煮たてた時、重炭酸ソーダを少し入れると泡が吹き出すから、その泡をすくい取ると酸味はすっかりなくなりますよ」(p.49)と語っている。「味噌が酸っぱくなる?」とこちらも未体験の感覚だったのであるが、こういう工夫があれば食材を捨てずに済むはず。ここに掲載されているアイデアは、現在でいうところのフードロス対策といった一面もあるのかもしれない。

食の旬や効能を知る大切さを学ぶ

そのほか、食材の栄養面についてもしっかり触れられている。果物について「果物と野菜とは、ぜひとも毎日食べなければならんもので体の薬にもなるし、消化を助けて通じをよくします」と語り、各果物の特徴を挙げる。

栄養面については知っていることも多かったが、驚いたのは食べる以外の効能の話。「梨は熱をさます効めがあって手足の腫れたところへ塗ってもいい」「梅の実は梅干しにすると殺虫消毒の効めがある」(p.114)などとあり、食材は食べる以外にも活用されていたことがよくわかる。

あるいは食べ物の旬について。「第三十二 食物問答」では、季節によって食べた方がいいものが綴られていたが、「ライスカレーなんぞは夏のお料理で冬のお料理ではありません」(p.246)には、なるほど、と思いつつ笑ってしまった。昔から、夏といえばカレーなんだなあ……

そのほか、ひびの入った玉子をゆでる際には湯に酢を少し滴らす、冷たいナイフでカステラを切らない、あけた缶詰を缶のままにしない、などなど、今も使える小ネタが紹介されていたのも面白かった。

もう使わずに済む知恵もあるが、一方で現在にも通用する古き良きアイデアもたくさん詰まっていて興味深い。手元に置いておいて、ふとしたときに読みたい一冊である。




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