『逃げるは恥だが役に立つ』① 「契約結婚」で問い直す、結婚の在り方

初めて海野つなみさんの『逃げるは恥だが役に立つ』(以下、逃げ恥)を読んだとき、描かれていた結婚観に衝撃が走った。こんな考え方があるのかと。こんなふうに考えたっていいのだと。

当時、私は図らずも主人公のみくりと同じ文系の大学院生で独身だったこともあり、考え方や置かれている状況に共感することも多かった。

就職難の末にたどり着いた「契約結婚」とは?

主人公のみくりは、大学生で就活したものの内定がもらえず、就職浪人として大学院に進学。ところが再び就活に失敗してしまい、派遣社員になるも短期間で契約を切られ……となかなか仕事運がない状況だった。

次の仕事が決まらず悩んでいると、みくりの父から「部下の家事代行をやってみないか」と提案され、津崎平匡さんの家事代行を始めることになる。

家事代行は問題なく進んでいたが、みくりの両親が田舎への移住を決め、みくりは住んでいた実家を失うことに。一人暮らしをするか、田舎暮らしの両親についていくかの二択を迫られたとき、みくりはある驚きの提案をするのである。

平匡:森山(みくり)さんみたいな方がまた見つかるといいんですが
可能であればこのまま続けてもらいたかったので残念です

みくり:わっありがとうございます 嬉しいです~
…なんならもう住み込みで家政婦っていうのは無しでしょうかね…

平匡:住み込みですか
僕はともかく結婚前のお嬢さんをご両親がお許しになるでしょうかね

みくり:むむむ…――ならばいっそ 就職として結婚するというのはどうでしょうねえ

『逃げるは恥だが役に立つ』①

就職としての結婚。突拍子もない提案にはじめは断った平匡さんだったが、さまざまなメリットを考慮し、みくりの提案を受け入れ「事実婚」へ踏み切る。給与や業務、休暇など就業ルールを細かく決め、契約結婚を始めるのだった。

衝撃だったのは、みくりと平匡さんの契約結婚が「これが結婚の最適解なのでは?」と思うほどにスムーズで合理的だったことである。家賃・食費・光熱費は折半。保険料等は平匡さんの扶養に入ることで解消される。

ほかにも、定期的にミーティングを行い、振り返りや今後の方針の確認をするなどぬかりない。

これを読んだとき、恋愛のゴールとしてしか語られない結婚に、初めて疑問を感じるようになった。もちろん、恋愛の末の結婚だってアリだが、現実の生活は恋愛だけでは成り立たないだろう。

彼らのように恋愛感情が先になくても、生活をより良いものにしていきたい同士が力を合わせるというのも立派な(そして素敵な)結婚といえるのではないかと思ったのだ。

結婚する意味を問い直すキャラクターたち

合理的な結婚生活が展開していく一方で、結婚についてさまざまな考えを持つキャラクターたちが登場するのも見どころ。例えば、平匡さんの同僚男性・風見さんは結婚に魅力を見いだせないでいる。付き合っている女性に結婚を迫られるものの、その反応はドライ。

結婚って何のメリットがあるんだろうって思ってしまうんだよね
料理は自分でささっと作るし 忙しければ外食でいいし
家事も家電があればそんなに苦でもない
趣味もあるし友人もいるし
寂しさを感じるよりは一人でいてほっとする時間のほうが多いし

『逃げるは恥だが役に立つ』①

平匡さんに「結婚っていいですか?」とまっすぐに聞く風見さんは、おそらく純粋に結婚する意味を見出そうとしているのだろう。

個人的には、結婚は本当にする・しないも自由だから、しない人がいて当たり前だと思うが、する人の意見(あるいはしない人の意見)を知りたいと思う気持ちは理解できる。

また、みくりの伯母・百合ちゃんはバリバリのキャリアウーマンで、52歳の現在まで結婚をしていない。そもそも結婚を必要としない人にも思えるが、みくりとの会話では、独身だからこその弱音がこぼれる。

言っとくけど あたし別に不幸じゃないから
毎日それなりに楽しくやってるし
ただ 未婚よりせめてバツ1のほうがまだ生きやすかったって思うのよね…
世間的にも心情的にも
何が原因だとか周りにあれこれ言われたりするし
それに 誰からも一度も選ばれないってつらいじゃない?

『逃げるは恥だが役に立つ』①

結婚する・しないは本来自由なものではあるが、世間の風潮や社会制度、それぞれの価値観が混ざり合い、選択が複雑になっている。『逃げ恥』のキャラクターたちは、その複雑さをしっかりと言語化してくれている。

そんな彼らを見ていると、「結婚」とは何なのか、果たしてそれらは必要なのか? などと、さまざまな感情が巡る。結婚している人もしていない人も、したい人もしたくない人も、同作のキャラクターやセリフに共感したり、文句を言ったりしたくなるのではないだろうか。

まだまだ世の中には「結婚した方がいい」「恋愛のゴールは結婚にある」という風潮が溢れているが、『逃げ恥』はそんな世間に、一石を投じてくれる作品といえる。何となくある「当たり前」を問い直してくれている気がするのだ。

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襟田 あいま
食べること・読むことがとにかく好き。食と本にまつわる雑感を日々記録しています。