村上春樹さんのエッセイを読んでいると、「そう言えばちょっと変だな」とか「確かに、気になる」といった、日常に潜む不思議や面白さに気付くことが多い。こんなふうに日常を面白がれたら、楽しいだろうなあと思う。今回の『おおきなかぶ、むずかしいアボカド 村上ラヂオ2』も笑い声を漏らしながら読み終えた。
何気ない言葉をじっくり考える面白さ
同書のエッセイは、ついつい笑ったり、感心したりするもので溢れている。例えば、映画『世界最速のインディアン』に登場するおじいさんが「夢を追わない人生なんて野菜と同じだ」とセリフを吐いた話。
一見名台詞っぽいが、それを聞いた男の子が「でも野菜って、どんな野菜だよ?」と聞き返したばかりにおじいさんは困ってしまい、「まあキャベツみたいなもんかなあ」と話がへたってしまったのだという。村上さんはこの“へたり具合”が好きとのことだが、確かに憎めなくて笑ってしまう。
「夢を追わない人生なんて野菜と同じだ」と誰かにきっぱり言われると、つい「そうかな」と思ってしまいそうになるけど、考えてみれば野菜にもいろんな種類の野菜があるし、そこにはいろんな野菜の心があり、いろんな野菜の事情がある。
『大きなかぶ、むずかしいアボカド』村上春樹
名言っぽい言葉や、断定的な物言いに迷わされること、あるある……本当に大事な言葉もあれば、「それっぽい」だけで何て事のない言葉だったりもするわけで……男の子のような話をへたらせる考え方は、意外と大事なのかもしれないよなあと、妙に感心してしまった。
ちなみにタイトルにあるおおきなかぶについての考察や、アボカドがむずかしいという話も掲載されている。確かに難しいなあとにやけた。気になる人はぜひ、本編を読んでみてほしい。
意外な欲望に取り憑かれる話
しっかり時間を管理していて、規則正しい生活をしているイメージの村上さん。強い食欲とは無縁に思えるが、年に二度ほど「何があろうと、今すぐチョコレートを食べたい」という欲望に駆られるらしい。私もなかなかのチョコレート好きなので、この話が特に好きだった。
あるいは僕の体の中にチョコレート好きの短期なこびとが潜んでいて、そいつはいつもどこか暗いところですやすや寝ているんだけど、何かの加減ではっと目覚め、「おい、チョコレートだ、チョコレートだ。チョコレートはどこにある?ちくしょうめ。おれは何があっても今すぐ、チョコレートを腹一杯食べたいんだ。このやろう。早くチョコレートを持ってこい」と大声を上げ、暴れ回るのかもしれない。そんな感触が体内にある。
『おおきなかぶ、難しいアボカド』村上春樹
こうなるととにかく近所のコンビニに走って買い求め、道端でがつがつと食べてしまうらしい。
最初は「わかる~、チョコレートって急に食べたくなるよね~」と気軽な気持ちで読んでいたのだが、ふと、このどうしようもない病にかかったことが数度あることを思い出した。
私がこの病に取り憑かれる瞬間、求めているものは米だった。このブログでも何度か、その話をしている。
人は何故、ふいにどうしようもない食欲に駆られてしまうのだろう。世間一般の人はもしかして、そんなことないのだろうか? 今のところ、そういう同志に出会えたことはない。
知らなくても良いけど、知って楽しい発見
各エッセイの最後には「今週の村上」と称した一言メモがある。そのときの村上さんの感じた気持ちや買ったもの、豆知識などが綴られているのだが、個人的にこれが結構好き。お気に入りをいくつか。
- 山手線の路線図はピーマンの形をしています。知ってました?
- 「婚約破棄」と聞くといつも捨てられたコンニャクを思い浮かべるんだけど、下らないですね。
- 日本からダンキンドーナツが撤退して長い歳月がたちます。国家的悲劇だ。
- 「かっぱらいに注意」という看板。誰かがマジックで「らい」を塗りつぶしていた。暇な人がいる。
うーん、この観察力が、エッセイの種になっているのではないか。
ちなみに私は国内で『ダンキンドーナツ』を食べたことはないけれど(ないことが割と当たり前の時代に生まれてしまったかも)、韓国に旅行した際に食べて「日本にないのが残念だ……」と悲しんでいた勢なので、国家的悲劇に同調しています。国家的悲劇。
ドーナツを食べながらのんびり本を読む時間が、最も至福!