味わい深い、つまみの話。茶道之研究社編『強肴』

古本市で見つけた、茶道之研究社編『強肴』(1981年発売)。さまざまな著名人たちが自分のお気に入りのおつまみやお酒、器などを写真とエッセイで紹介している。

50名近くの鮮やかな料理がカラーで並んでいることも圧巻だが、それ以上に読んで「美味しそう」と感じる味わい深い文章。本書はどうも、「文章を味わう」という表現がよく似合う。つらつらとつまみの名前が並んでいるだけでも、うっとりしてしまった。

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強肴を写真と言葉で味わう

本書、宗左近さんの「自由の色と香り」によれば、強肴は「懐石のとき、客に酒をすすめるために出す肴」。つまり、お酒と相性のいいおつまみのことである。

とはいえ、相性の良さは飲むお酒にもよるし、食べる人・作る人の好き嫌いや地域性によってぴったりの強肴は変わってくるので、無限大に広がる。本書でも冷や奴や枝豆のような居酒屋定番メニューもあれば、まったく知らない料理もたくさんあり、バラエティに富んでいた。

エッセイのいくつかは、ひたすらに強肴を並べて語る人も多く、私はこれがいちばん、読んでいて楽しかった。例えば、橋本明治さんの「器に合わせて」の一部分。

黄の小鉢には、菜の花を辛子醤油で和えたものに、角に切ったカラスミを散らしましたもの。ペルシャの鉢のは、スモーク・サーモン、玉葱のスライス、パパイヤを食べよくキリ、これとグレープフルーツを剥いて手で細かにいたしたものを酢油で混ぜ合わせましたものだそうで。薬味としてケイパースが散らしてあります。

『強肴』「器に合わせて」橋本明治

文章だけなのに、なぜか「美味しそう……」と食欲をそそられる。

そのときどきの気分で作る人、旬を味わう人、いつも同じものを食べる人……強肴はスタンスもいろいろ。

きちっとした料理名があるものもあるが、「漬け込んだもの」「ぶっかけたもの」のようなざっくりとした料理もいい。残りものを食べるという人もいて、家でのおつまみだからこそ出来ることだなあ、とほっこりした。

食べずにはいられない、お気に入りの強肴

偏愛のおつまみトークがたくさんあり、これも味わい深かった。例えば、斎藤茂太さんの「登運舞里」では、トンブリ愛について熱く語られている。用事で山形に出かけた際に食卓で初めて見かけ、すっかり虜になってしまったのだという。

トンブリは私の酒の肴のうちではやはり上位のランクに値するものだろう。トンブリがとどくと、私は手の舞い、足の踏むところを知らずという状態になるから「登運舞里」というあて字も大いに感じが出るのである。

『強肴』「登運舞里」斎藤茂太

この偏愛の感じ、よくわかる。私は一時期、ひたすらゴルゴンゾーラチーズをおつまみで食べていたときがある。くせが強いものの、意外と和洋どちらのお酒にも合うのですっかりハマっていたのだ。

人はだれしも、何かしらの偏愛があるのではと私は考えているのだが、もしかしたら強肴は偏愛が出やすいのではないか……? 嗜好品であるからこそ、こだわりや欲求が表に出やすいのかもしれないなと感じた。

強肴を彩る器

器好きとしては、器にまつわる話も印象的だった。例えば島津忠彦さんの「料理の楽しみ」では夏向けのメニューが紹介されており、その中で「夏向きに涼し気なガラスということで、曾祖父・斉彬公の時に出来た薩摩切子を出してみた」という話があった。

夏のガラス器、私も大好き。涼し気でさっぱりした料理に合うし、切子で冷たい日本酒を飲むのも美味しい。

あるいは、水野正夫さんの「和洋を混ぜて」では、タヒチのボラボラ島で拾って来たという貝殻を使っていた。思い出の貝殻に強肴を盛りつけるアイデアがすごく素敵……

一番やってみたいのは、豆皿などの小さな器にいろんなつまみを乗せて供する、横山隆一さんのアイデア。

私はお酒を飲む時、小さなお皿へ色々なつまみをのせるのが好きです。ちょうど水彩絵具箱をひろげたようなたのしみです。そしてその肴を、あっちこっちつまむような事をしないで、はしから片づけていくようにしています。

『強肴』「酒のお供」横山隆一

おつまみはたくさん食べるものでないからこそ、小皿を使って細々と楽しむこともできる。常々豆皿を集めたいけど、使い道が少ないかも……と悩んでいたので、強肴に使うという大義名分のもとに買うことにしよう!

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私はお酒も好きだが、ときどき「おつまみを食べたいから飲んでるときがあるな」と思う。おつまみが、つまりここで紹介されているような強肴が、大好きなのである。

発売してからもう40年ほども経っているが、参考になることも多くて面白かった。



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