『わたしを空腹にしないほうがいい』。偶然あるイベントで出会い、あまりに素敵なタイトルだったから衝動買いしてしまった。タイトル惚れ……
空腹にしないほうがいい、ということはつまり、食にまつわる本なのだろうと何気なくページを捲る。すると冒頭からいきなり心を鷲掴みにされ、すっかり虜である。文章が瑞々しく、小気味よく、一生読んでいたい。
料理して、食べて、自分を整える
「わたしを空腹にしない方がいい」は、くどうれいんさんによるエッセイ。ユニークなタイトルには、決して食だけでない感覚が詰まっている。
菜箸を握ろう、わたしがわたしを空腹にしないように。うれしくても寂しくても、楽しくても、悲しくても。たとえば、ながい恋を終わらせても。
『わたしを空腹にしないほうがいい』くどうれいん 「芍薬は号泣をするやうに散る」
食べることは、自分を満たすことだ。本書はさまざまな食べ物や料理にまつわる文章が掲載されているが、それはどれも「美味しそう」だけにとどまらず、自分の心を自分によって満たしていくことの大切さが綴られているように思う。
私も食べることが大好きなので、何かしんどいことがあったときにはとにかく美味しいもので自分を満たすことにしている。その時間がなければきっと、今日まで生きてこられなかったのでは、とすら思う。

「星涼し地球の石を蹴って帰る」では、つらいことがあったときに食べたお寿司のことが語られている。つらくてもお寿司はおいしくて、「舌がしあわせになると、脳みそは勝てない」(p.58~59)という文章にぐっとくる。
ちなみに一番好きだったのは、鶏胸肉でストレスを解消する話。
むしゃくしゃしてどうしようもない気持ちになると、スーパーで二百円くらいの鶏胸肉を買ってくる。大きくて安い肉ならなんでもいい。フォークでどすどす穴を開けて、クレイジーソルト(考えてみればすごい名前である)をもみ込み、熱したフライパンで豪快に焼く。おらおら、どうだ、参ったか。
『わたしを空腹にしないほうがいい』くどうれいん「かんかんのきみの背後の雲の峰」
ストレスが溜まっているとき、私はノリノリの音楽をかけつつ、ひたすら人参とか大根とか、サクサク切れるものを切ります。
独特の言葉のリズムを楽しむ
本書の好きなところの一つに、食に関する独特の表現がある。「未来選ぶときも即決早桃掴む」にてとあるホテルのフレンチトーストをレシピ通りに作り、感動した場面の文章が好きだった。
おお、おまえこそがほんとうのフレンチトースト。はじめまして、わたくしはしがない学生。ない触れ切れ込みをいれるとふすふすと心地よく、天使が眠るのはこういう甘くやわらかなマットレスなのだろうと思う。
『わたしを空腹にしないほうがいい』くどうれいん「未来選ぶときも即決早桃掴む」
あるいは「パンくずを払うも愉し更衣」でホームベーカリーを使ったときのこと。スイッチを押すと「ニュン、ニュン、と彼(どっしりと四角いので、彼、という感じがする)は動き出し、時折『ンノノノノノ!』と叫んだり、黙りこくったりし」(p.16)ているとあり、愉快そうな動きにやにやしてしまう。
思えば確かにホームベーカリーはそのような動きをしている気はするが、自分で表現するとなるとこうはならない……独特の響きが面白く、これは声に出して読みたい日本語。
くどうさんのエッセイを読んでいると、つくづく「食事は空腹を満たすことだけに留まらない」と感じる。食は心を満たし、前向きにしてくれることもあるし、何らかの思い出と結びついて、さまざまな思い出を呼び起こすトリガーにもなる。
これからも、食で自分をたくさん、満たしていきたいとしみじみ思うのであった。
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