料理の匂いがする、美味しいエッセイ。『巴里の空の下 オムレツのにおいは流れる』石井好子

もう何の本だったか忘れてしまったが、オムレツにまつわる話を読んでいたら、石井好子さんのエッセイ『巴里の空の下 オムレツのにおいは流れる』が登場した。オムレツと言えばこの本、というような記載で、いったいどんな本なんだと気になっていた。

読んでみれば、なるほど、これはオムレツの本。ひいては、料理の本であり、旅の本であり、外国と料理の匂いが香るエッセイであった。

暮らしに溶け込む「オムレツ」のこと

石井好子さんはシャンソン歌手で、パリを含むヨーロッパやアメリカなどをよく訪れていたようである。そして、本書ではそれらの食にまつわる思い出が綴られている。どれも美味しそうな文章(言葉から食べ物の匂いや味わいがありありと想像できて、お腹が空く!)であったが、オムレツの話は群を抜いて好きだった。

パリでロシア人のマダムが作ってくれたオムレツは、石井さんにとって特別だったという。

そとがわは、こげ目のつかない程度に焼けていて、中はやわらかくまだ湯気のたっているオムレツ。「おいしいな」、私はしみじみとオムレツが好きだとおもい、オムレツって何ておいしいものだろうとおもった。もっとも、私はこどものころから卵料理が好きだったが、そのときのマダムのオムレツが、特別おいしいとおもった。

『巴里の空の下 オムレツのにおいは流れる』p.9

どんなふうに作られるかが丁寧に説明されているほか、作るコツ、各国の作り方の違いなどにも触れていて、ありとあらゆる面からオムレツを語り尽くしている。平仮名多めの温かな文章からオムレツの湯気や匂いが漂ってくるような、不思議な感覚があった。

また、本作を読んで初めて思ったのだが、オムレツはさまざまな国で作られているゆえに、文化や暮らしが入り混じっていて面白い。会話の中で「スペインふうのオムレツって、パリの人は食べるのかしら、私アメリカでよく食べたけれど」とか「ロシアふうの卵っていうのあるでしょう。あの料理、ロシアじゃ、イタリアふう料理っていうのよ」といったセリフが登場し、もうどこの国由来の何の食事なのか、さっぱりわからなくなるほどである。調べてみればフランス発祥であるようだが、ヨーロッパで広がり、いろんな食べ方がされているのであろう。

あるいは、よく作られているものだからこそ、暮らしに溶け込んでいる料理でもある。先のマダムはオムレツにバターを使うが、「戦争中はバタに困った」と話しており、当時の生活の苦しさを説明するのにもオムレツが登場するのだなと、妙に感心した。

パリからヨーロッパ、日本へと広がる食の話

フランスを中心として、スペインやスイス、イタリアの話もあった。多くの場合、作り方やコツも紹介されているから、本書を参考に実際作ってみるのも面白そうである。

美味しそうだなあと思ったのは、フランスパンの話。「久しぶりにおいしいフランスパンがたべたかったから、バゲットという1メートル近い長さのフランスパンにバタをたっぷりぬって半分くらいたべて、それから一日アパートでねたり起きたりしていた」(p.31)という一文に、信じられないほどの幸福が詰まっていると思った。表現一つひとつが、食から与えられる幸せに溢れている。

食の幸福論者としては、バイブル的存在になりそう……

あるいは、日本と海外の食文化の違いも綴られていて、そちらも興味深い。ブイヤベースを食べているとちゃんこなべを思い出すなど、ユニークな視点に溢れている。ブイヤベースとちゃんこなべ、一見かけ離れているように思えるが、言いたいことはすごくよくわかる……

オムレツの話から世界の食文化の話になり、さらに日本の食に戻ってきて……と、一冊の中で自由に国を行き来しながら、さまざまな「美味しい」に触れることとなった。言葉選びも素敵で、たくさんの人に愛され続けている理由がよくわかったのだった。

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mae
食べること・読むことがとにかく好き。食と本にまつわる雑感を日々記録しています。