料理家・高山なおみさんの言葉はいつも、料理好きながらも面倒くさがりな私の心によく響く。食べたいものを作ればいいし、思いつかなければ作らなくていい。手放しで、好きなときに好きな料理を作ることを推奨してくれるからだ。
多数の著作の中でも、特に『料理=高山なおみ』は料理の本質、そして魅力がよくわかる一冊といえるだろう。好きなところを、いくつか紹介してみたい。
旬の食材は料理を楽しむエッセンス
『料理=高山なおみ』はレシピ本であり、エッセイであり、料理指南書でもある。高山さんがふだん作っている料理を、エピソードやコツとともに紹介してくれている。オムレツやロールキャベツなど、家庭でよく作られているメニューも豊富だ。
特に、季節の食材に関する記述は愛に溢れていて、「私も旬を楽しんでみたいな」と思わせてくれる。
たとえば、春に旬を迎えるたけのこ。私はスーパーで下処理済みの小さなサイズを買うのが習慣となっているが、本当は、皮つきの大きなたけのこをどばっと買ってどばっと茹でてみたい。しかし、何しろ下処理が難しそうだし、と敬遠していた。
ところが、本書に書かれていた八百屋で出会った店員のおばちゃんと青年のエピソードを読んで、「あれ、自分にもできそうかも?」と感じた。
「どうやってゆでるんですか?」と聞く青年に、おばちゃんは「米ぬかひとにぎりに、唐辛子を1本放り込んで、ただゆでるだけ。皮はむかなくていいの。皮がぜーんぶえぐみを吸い取ってくれるから」と答える。
「何分くらいゆでればいいですか?」
(p.24)
不安げな青年に「時間なんてはかったことないね。箸がささるくらいゆでたら、ゆでた汁ごとほっとけばいいさ。あとでどうせ煮るんだから、あんまりやわらかくしなくていいの。やってみな、簡単だから。そりゃあうまいよ」。
おばちゃんのぶっきらぼうな説明には、ゆで方のコツ全部が含まれていました。
なんだ、とってもシンプルじゃないか。勝手にハードルを高く設定していた食材の下処理も、「こんなふうでいいんだよ」と教えてくれる。
あるいは、プラム。これまではそんなに食べる機会もなかったし、あってもそのまま食べるのみだったが、本書には砂糖煮の作り方が掲載されていた。
「暑い夏の盛り、赤いプラムが果物売り場を賑わすと、いつ砂糖煮を作ろうかとそわそわします」(p.43)といい、季節に合わせて食材を楽しむ姿は、魅力的だ。
正直、プラムの旬も食べどきもよくわかっていなかったものの、本書でいろいろな品種があることや、夏が旬であること、砂糖煮にすればより鮮やかな色を楽しめることを知った。ぜひ、夏が来たら挑戦してみたい。
外国料理を自分なりに再解釈して作る
高山さんのレシピで最も好きなところは、外国料理の数々を自身で再解釈して作っているところだ。本書でもいくつもの外国料理が作られているが、なかでもロシア料理についての紹介が面白かった。
ロシアを旅した時に食べたという家庭料理の数々は、どれも美味しそうである。たとえば、大皿にきゅうりやトマト、パプリカ、新玉ねぎが合わさり、ディルと細ねぎは野菜が隠れるほどたっぷりかけてある「夏の庭のサラダ」。
塩、ヒマワリオイル、ビネガーを混ぜ合わせて作る「日本の浅漬けを思わせる味」(p.79)なのだそうだ。
また、ロシアのゆで餃子「ぺリメニ」は、「具が何かを尋ねるために、ロシア語の『カルトーシュカ=じゃがいも』と『カプースタ=キャベツ』をいち早く覚えたほど」(p.79)なのだといい、レストランや露店で食べた味を思い出しながら作ったレシピが掲載されている。
実際に旅先で美味しい料理を食べても、今まであまり「作ってみたい」という考えはなかったかもしれない。
しかし、高山さんのように注意深く、興味を持ってその味付けを観察することができれば、家で試してみることも可能になる。そしてそれが、自分の料理の幅を広げる一手になるはずだ。
心から食べたいものを選ぶことが「料理」
ちゃんとした料理を作ろうと思うと、力んでしまう人も多い。何となく高いハードルに感じてしまい、作ること自体を諦める人もいるだろう。そんな人へのエールがたくさん入っているのも、本書の好きなところだ。
食事は毎日のことだからこそ、毎回ちゃんと作るのは難しいし、面倒にもなる。しかし、ちゃんと作ったもの=自分にとって最高に美味しいものとは限らない。
心からおいしいと感じる味は
『料理=高山なおみ』(p.22)
みなちがうのだから、
いろいろあっていいんです。
何が食べたいか、
お腹から湧いてくるイメージがないのなら、
そういう日は、何も作らなくていいんです。
こうしたしっかりとした料理本に、「何も作らなくていい」と書いてあると安心する。さらに巻末には、「今日は何が食べたいか、自分の心と相談しながら、コンビニでじっくりお弁当を選ぶのも料理だと思う」と記されていた。なるほど、料理はきちんと丁寧に作るものではなく、そのとき自分が食べたいものを、しっかりと選ぶことということなのだろう。
『料理=高山なおみ』はもちろん、レシピ本としてとても有益である。しかし、それだけではなく、料理の本質を教えてもらえる一冊だと私は考えている。
ついつい生活においてやらなければいけない義務のような感覚になったとき、本書を見返したい。料理が本来楽しく、好きでやっているものであることを、思い出せるから。
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