「器」の意味を再考する旅。マトリョーシカは器か? 「みのまわり」vol.3 「器」

「みのまわり」を最初は、「食系の本かな」と思いながら買った。食に関する本には目がないので、「器」と言うテーマと、表紙の美味しそうな料理の写真を見て。

……つまり私は、狭義的な意味でしか「器」を見ていなかったのである。器は、何かを入れておくもの。何も皿やお椀だけを指すわけではない。「器が大きい」などと人の気前の良さを表すこともあり、実は広く意味合いがある言葉だ。

本書はそんなさまざまな器の意味を再考した一冊。読み終えてみて、あまりの幅の広さと語り口の多さに、ちょっと沼にハマりそう。器っていったい、なんなんだ!?

何かをラベリングするということ

貝塚円花さんの「瓶称代名詞」が、一番好きな作品だった。相手に何かを話すとき、その人の名前でなく、属性や間柄などの「ラベリングされた瓶」の名称で伝える癖があるというエピソードが語られていた。

同期は、何人かまとめて同期とラベリングされた瓶に入れておいた方が扱いやすいし、弟も、弟という瓶に投げ入れてしまえば、木から落ちて骨折したことも、それほど深刻に捉えなくて済み、遠い南国で椰子の実が熟れて落ちてきたのと同じくらいの平静な気持ちで語ることができる。生活や感情を邪魔しない。

『みのまわり』vol.3 「瓶称代名詞」p.20

さらには自身も「若い女性」「非正規雇用者」といった瓶に積極的に身を投げ入れているという。なぜなら「新しい環境に行くと、私は瓶入りのまま人の手をたらいまわしにされていき、目配せや噂によって害がなく凡庸な存在であることを証明してもらえる」(p.20)からだ。なるほど、誰かをカテゴライズすることは確かに、瓶のような器にポイ、と投げ入れている感覚に近い。

近年、極端にカテゴライズすることが苦手になってきた。そういう人が増えている印象もある。「主語が大きい」と指摘する人は、杜撰なカテゴライズに怒っている人だろう。私もである。

とはいえ、話している相手にわかりやすいようにある程度ラベリングしたり、自ら積極的に瓶の中に入り、相手を安心させようとする感覚はかなり身に覚えがあった。ラベリングを処世術のように使っている気がする。それがいいのか悪いのか、今のところ全く判断が付かない。

一方、夢井水生さんの「くじらの骨」はそんな瓶から抜け出すような話だと思った。仕事や今置かれている状況に嫌気がさし、「冗談じゃねえやと思う。冗談じゃねえくらいめんどうでごちゃごちゃしていて、そんでもって苦しい」といい、くじらになることを妄想する。

そうして私はくじらになる。生きて、死んで、沈んで、さめに食われて、かにに食われて、ぬたうなぎに囲まれて骨となり、ほねくいはなむしに内側から分解されて、腐敗し、さいごは貝やくらげや微生物のすみかとなる。海の底に生きるものたちのコロニー。気分がいい。

「みのまわり」vol.3 「くじらの骨」p.59

開放的でふわふわとした、心地のいい文章が好きだ。読んでいると今持っているすべての不安や嫌な事を、どばっと捨てられたような気がして、気持ちがよかった。

「器」の概念、いろいろ

本書では、折に触れてさまざまな「器」を紹介している。例えば、マトリョーシカ。「ロシアの伝統的な人形。人形のなかに人形の入っている それは、人形をいれるための器である」とあり、今さらながら「器」であることに新鮮に驚く。

あるいは内臓。「栄養や水分を留め置いておく器」(いや、食物が通過していく消化器官たちは、器というより管だろうか?)というコメントに頷く。うーん、一瞬器だと思ったけど確かに管……でも、器でもあるよな……?

また、原民喜『夢の器』の座談会レポートでは、夢井さんが「まず何を置いても気になるのが、なぜ「夢の器」という題名なのか」という疑問を元に、以下のようにコメントしていた。

考えたのですが、“~の器”という言葉が記されていた場合、それは二通りの解釈がありますよね。たとえばガラスの器、だったら材質を表しているし、水の器、だったら中身を表している。この小説ははたしてどちらなんでしょう。

「みのまわり」「原民喜『夢の器』座談会レポート」p.116

そうか、器って中身のことを指す場合もある!!!!

「器」という言葉をしょっちゅう使っているくせに、こんなことにも気づいていなかったとは……恥ずかしいやら、驚いたやら、それでも新発見にわくわくしているやらで忙しい。

そのほか、砂糖みほさん「缶コーヒーになりたい」や、津田みのりさんの「人魚と僕の飲み物」も好きな作品であった。「器」を巡る小さな冒険、楽しかったです。

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襟田 あいま
食べること・読むことがとにかく好き。食と本にまつわる雑感を日々記録しています。