大人にも愛される児童文学、ミヒャエル・エンデ『モモ』。心の豊かさを生む時間について考える

雑誌の特集や著名人のインタビューで、たびたび印象に残っている本として『モモ』が挙げられているのを見かける。児童書でありながら、大人が読んでも興味深い本であるようだ。

私は残念ながら、子どもの頃に本書を読む機会はなかった。でも、大人になっても面白いのであれば是非読んでみたいと手に取った。するとどうだろう、「これは実は、大人のための本ではないのか?」とも思える不思議な物語が始まったのである。

無駄な時間とは何か? 時間の価値を問う作品

『モモ』の物語で重要なカギを握っているのが、時間だ。

「時間」をもしも、節約出来たら? あるいは、奪うことができたら? モモたちの世界では、そんな「時間のやりとり」を通してさまざまな事件が起こる。

あるとき、時間の大切さを知っている謎の集団「灰色の男たち」が、人々から時間を奪う計画を練り上げる。彼らは節約した時間を預けられる「時間銀行」を利用しないかと人々に持ちかけ、言葉巧みに時間を奪っていく。

もしも二十年まえに一日わずか一時間の倹約をはじめていたならば、あなたは時間銀行にいまでは二千六百二十八万秒の額をあずけるご身分になってたはずです。一日に時間の倹約なら、もちろんその二倍で、五千二百五十六万秒になってたでしょうな。

灰色の男たちのセリフより 『モモ』ミヒャエル・エンデ

都会に住む人々は次第に、時間の節約こそ幸福への道だと思い込み、どんどん“無駄な時間”を削っていく。家族や恋人と過ごす時間、おしゃべりや趣味を楽しむ時間、自分自身について考える時間……

ところが、時間を節約すればするほど、余裕も無くなり、人々の心は荒んでいってしまう。怒りっぽくなり、静かにしていると不安になってくる。究極の効率化は果たして幸せと言えるのか。時間対する価値観が問われる一作である。

キャラクターそれぞれが持つ、時間の価値観に共感

『モモ』には個性豊かなキャラクターたちが登場する。彼らは性格もさまざまで、時間に対しての価値観もそれぞれに異なる。

私がいちばん好きなキャラクターは、道路掃除夫のベッポ。モモの親友で、小さなめがねをかけたおじいちゃんである。

ベッポはいつもにこにこ笑っていて返事が遅く、場合によっては「変な人」だと思われてしまう。しかし本当は、「けっしてまちがったことを言うまい」と考えている、まじめな人物。

ベッポはじっくりと考えるのです。そしてこたえるまでもないと思うと、だまっています。でも答えがひつようなときには、どうこたえるべきか、ようく考えます。そしてときには二時間も、場合によってはまる一日考えてから、やおら返事をします。

『モモ』ミヒャエル・エンデ

彼の丁寧な考え方は、その仕事ぶりにも表れている。

ベッポが道路を掃除するとき、ときどきとんでもなく長い道路に出くわす。そんなとき、多くの人は途方もない仕事量に焦って、急いで片づけようとしてしまいがち。しかし、それではだめだとベッポは言う。しまいに息切れして、動けなくなってしまうからだ。

いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな? つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひと掃きのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。

掃除婦ベッポのセリフより 『モモ』ミヒャエル・エンデ

慎重で思慮深いベッポは、どんなときもものごとを丁寧に考え、一つ一つのことに一生懸命向き合う。これは灰色の男たちからしてみれば無駄なことかもしれないが、ベッポ、そしてたくさんの人々にとっては大切なことである。

働き方や暮らし方がどんどん変わり、効率化が進んでいく中で、それでも忘れてはいけない時間のことが、この物語には綴られている。ファンタジーな世界観は子ども向けではあるが、大人が読んでもやはり面白く、長く受け継がれるべき名作だなと感じた。



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