『レ・ミゼラブル』『三銃士』『椿姫』……フランス文学は日本でも数えきれないほどの作品が親しまれ、愛されている。かくいう私も、大好き。好きな作品は数知れず。
『フランス小説移入考』ではフランス文学が日本に浸透し始めた成り立ち、翻訳作品が入ってきたきっかけ、加えて日本人作家がフランス小説・フランス人作家から受けた影響などがまとめられている。正直、まさかここまで影響を受けているとは思わなかった。文化は海外と国内、双方の影響を受けて成り立っているのだなと、しみじみ感じる。
フランス文学に影響を受ける日本人たち
日本に翻訳されたフランス文学がやってきたのは明治時代。本書によれば、実にたくさんの日本の文豪たちが、フランス小説による影響を受けている。
例えば、矢野龍渓(りゅうけい)『浮城物語』はジュール・ヴェルヌ『八十日間世界一周』に触発され、尾崎紅葉の描いた『恋山賊』『浮蔵主』はエミール・ゾラ『ムーレ師の過失』に感化され、山田美妙『いちご姫』では同じくエミール・ゾラ『ナナ』のヒロイン・ナナに着想を得たいちご姫が登場する。
あるいは、永井荷風は若い頃にゾラに多大な影響を受けているとされる作品を多く輩出しているが、やがてモーパッサンの魅力に惹かれ、「モーパッサンの石像を拝す」にて、その崇拝ぶりを記録しているという。モーパッサンには田山花袋も影響を受けており、こちらも『西花余香』に記録されているらしい。
パッと読んだだけでも、ものすごい影響力を感じる。むしろ、近代作家たちで影響を受けていないケースなどあるのか? というくらい(いや、もちろんあるのだろうけれど)。当時のフランス文学は、今よりももっと、日本作家の心を掴んでいたのだろう。
影響の受け方は一つじゃない。多様な発展を知る
と言っても、フランス小説に影響を受けた日本人作家たちは、同じ作風になっていったわけではない。影響を受けたことは同じと言えるかもしれないが、そこからそれぞれが独自の発展をしていっていることは興味深い。では具体的にどんな影響を受け、どのようにそれが文学に表れているのか?
本書によれば、例えば、社会学者のジャン=ジャック・ルソーは多くの日本作家が影響を受けているが、その受容過程は政治思想家としてと感情の解放者としての二通りあったという。
わが国のルソー受容過程は、兆民による『社会契約論』のルソー、すなわち、社会、政治思想家としてのルソー、藤村による『告白』のルソー、すなわち人間感情の解放者、自我の覚醒者としてのルソーというふうに、ルソーの二面性が別個に取り沙汰されて行われていた。
『フランス小説移入考』p.99
あるいは、尾崎紅葉『隣の女』がゾラ『一夜の恋ゆえに』の影響を受けて制作したという話では、設定や構成などは似ているものの、「ゾラの小説のもつ暗さ、つまり、遺伝的な恋態愛欲、サディズムが犯罪を生んだという面には興味を示さ」なかったとしている。
紅葉はゾラが執拗に追求した遺伝、性癖などの問題についてはほとんどまったく興味と感心を寄せることなく、異常な事件を日本的風土の中にきわめて日常生活の一つの出来事として移しかえていたのであった。
『フランス小説移入考』p.109
ゾラ作品の暗さや感情的な部分はかなり特徴的であると思うし、私も好きなのだが、そこではなく、小説の設定や構成に目を向けてオマージュしたというのが驚きだった。影響の受け方は本当にさまざまであって、何もその作家の一番の特徴だけに魅力を感じるわけではない。偉大な作家たちの真似すべき点は、無数にあったのだろう。
こうなってくると、過去の日本人作家に影響を受けて作ったとされるような現代作家の作品は、元を辿ればフランス作家の影響を受けている場合もあるのではないか? そうしてルーツを探っていくのは、かなり面白そうだ。ルーツのルーツのルーツの……元の元を辿ったら、いったいどこに辿りつくんだろう……?
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