インド人画家のロンドンを巡る旅『ロンドン・ジャングルブック』。鮮やかで独特な作品とともに

初めてインドに行ったとき、そのあまりの「異国感」に驚いた。ヨーロッパや韓国に行ったときは外国ではあったけれど身近というか、馴染みのある感じがしたのに、インドはまったくの別世界。文化が違いすぎて衝撃的であったことを覚えている。

絵本『ロンドン・ジャングルブック』は、インドのゴンド族であり画家のバッジュ・シャームが、ロンドンのレストランの壁に絵を描くために初めて飛行機に乗り、ロンドンへ向かったときの様子が綴られている。自分の暮らしとはあまりにかけ離れた文化に驚いたり、感動したりする彼を見て、何となく「わかる」と思った。きっと私があのとき感じた衝撃に、近いのではないか。

ユニークでカラフルなイラストを楽しむ絵本

掲載されているイラストはカラフルな色使いと線画で構成されており、かなり個性的。バッジュ・シャームの独特な世界観はもちろん、ゴンド族の文化も相まって、見たことのないユニークな仕上がりになっている。

特に初めてロンドンに行くことが決まったときの複雑な心境を表した絵が好き。「じぶんの世界を去る?」というコメントとともに、自分を故郷に根付かせている家族や家や、ゴンド族にとって大切なものを自分の髪に結び付けて表現している。

また、ロンドンのレストランでは見たことのない料理ばかりだったために、わけがわからず片っ端から食べる様子を「タコになったじぶん」として表現し、「何の肉を食べたのかわからなかったので、食べたかもしれないものを全部描いた」(p.26)というのには笑ってしまった。確かに異国の地で言葉もわからず出された料理なんて、よくわからないだろう。絵には「その生き物はなさそうだけど……」と思われるものも描かれていて、ほっこりしてしまった。

「ロンドンの女神さま」の絵も新鮮だった。ロンドンの女性たちが複数のことを同時にこなしているのを見て、いくつも腕があり、一度に多くの役割を果たすインドの女神さまと重ねて描いたという。解説の最後の一文に「彼女たちがたばこを吸い、酒を飲む仕草が好きだった。そうやって女のひとが人生を楽しむのを、いいことだと思った」(p.34)とあり、ジェンダー的な視点も印象的だった。バッジュの暮らす街では、女性が人生を楽しむことがあまりないのかもしれない。

ちなみに表紙の絵が何なのかも本編で説明されているが、なるほど、と膝を打った。意味を知ってから見てみると、なおさら面白い。

インドとロンドンの文化の違い

文化の違いにもたくさん触れられていた。一番心に残ったのは、ロンドンとインドにおける仕事の在り方の違いである。

バッジュはロンドンの人々が「どんな職業であったとしても、みんなが誇りを持って働いていたということ」(p.34)を気に入ったといい、「インドでは、一日中働いたとしても腹を満たすことはできないままだ」(p.34)と綴っている。職業選択の自由があるからやりがいや誇りもある。しかし、それを彼の暮らす街でそれを得るのは難しいだろうと胸が苦しくなった。

画家として生きている彼は一見自由に思えるが、それは非常にレアなケースなのかもしれないし、そもそも画家になるという選択肢が「職業選択の自由」という考え方からは離れたものかもしれない。仕事一つとっても、バッジュの暮らす地域とロンドンでは、まったく異なっている。

文化背景を知る手立て

あとがきや別冊の「『ロンドン・ジャングルブック』のあとで」では、バッジュ・シャームがどんな人物なのか、ゴンド族はどんな民族なのかといった、文化背景を知ることができる。

それらによれば、バッジュは、発展してゆくインドの中で取り残された貧困層出身だという。現代でも彼らは「ジャングルの住人」と呼ばれていて、海外に行く機会はほとんどないことなどを知り、驚いた。初めて赴いたロンドンはさぞかし、不思議な土地だったことだろう。

また、ゴンドの人々は家の土壁や土間に絵や文様を描く習慣があるらしく、バッジュも母に言われて壁に絵を描いていたらしい。「彼らにとって、芸術とは祈りそのもの」という話が印象的だった。

始めは個性的な絵や独特の文章表現が好きだと思ったが、最後にはゴンド族の文化、ジェンダーや経済の問題などさまざまなことに考えが及び、「面白い」に留まらないたくさんの感情を持った。絵本として楽しめるだけでなく、新たな視点を得る一冊にもなっている。

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襟田 あいま
食べること・読むことがとにかく好き。食と本にまつわる雑感を日々記録しています。