一読者の私が思うに、村上春樹さんは読者との対話をかなり大事にしている作家だと思う。メディアに大々的に出てくるわけではないが、読者の疑問に真摯に答えてくれていることに、ファンとしてはありがたみを感じる。
『村上さんのところ』は、読者から村上さん宛てに届いた3万7465通のメールから、3716通を選んで返信したうちの、473通のやりとりを収録している。膨大な量から厳選されたやりとりはどれも面白い。バラエティに富んでいるので、村上作品を知らなくても楽しめるのではないだろうか。
質問(?)の種類が多様すぎる
質問や相談内容は恋愛や人間関係、仕事、家族関係など実にさまざま。中にはほぼ報告のものもあって「良かったですね。がんばって生きてください」などのエールを送っているのには笑ってしまう。同じ小説を読んでる人でも人生は十人十色だなあと、当たり前のことをしみじみと感じる。
個人的には夢にまつわる話が好き。ある読者の夢の中で村上さんが「最近、手づかみで食べたい気分なんだよね」と言っていたといい、「村上さんその後いかがですか。手づかみでお食事されていますか」という質問。えーっと、夢、ですよね……?
摩訶不思議な質問に村上さんは「あたりまえじゃないですか。だいたい手づかみで食べています。うどんなんかは耳から食べています。また夢の中で会いましょうね」(p.16)などと言っていて、もうどこまでが本気で冗談なのかわからない温度感である。
ヤクルトファンの村上さんに「つば九郎とドアラの絡みをどう思いますか?」と聞いてるのも味があって良かったな……それから、村上作品の影響を受けすぎて、セリフを引用して女性を口説いたらひっぱたかれた話も好きだった。
とにかく、皆さんユーモアに溢れているし、やりとりを見るとほっこりする。こんなに気軽にやり取りしてもいいのか。次の機会があれば私も何か、質問を送ってみようかなあ。
作品ファンに嬉しい質問と回答もたっぷり
もちろん、作品に関する質問もたくさん収録されている。『1Q84』の続編は書くか、という質問に対して、「書こうかどうしようか長い間ずいぶん迷った」といい、「結論はまだ出ていません」とのこと。
僕の印象では『1Q84』はあの前の話があり、あのあとの話があります。いわば長い因縁話みたいになっています。それを書いた方がいいのか、書かないままにしておいた方がいいのか……。
『村上さんのところ』p.14
あるいは「村上さんが思う『うまいサンドイッチ』はどんなサンドイッチですか?」(p.27)に対して「僕にとってのサンドイッチの原点は、神戸のトアロードにある『デリカテッセン』のサンドイッチです」という返事。小説にはよくサンドイッチが登場するから、ファンには興味深い回答ではないだろうか。
そのほか「心の闇って、誰もが持っているものでしょうか」というような質問は、物語と直接は関係ないかもしれないが、キャラクターの闇の部分も描いている作風であるゆえに、考え方はそれなりに作品に影響を与えているのではないかと思った。
作品を読み解く意外なヒントもあれば、人生のちょっとした躓きに手を差しのべてもらえるような回答もあり、読んでいてとても楽しかった。
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