時を置いて行う再読の魅力とは? 時間が経つ、年齢を重ねる、時代が変わる……変化を楽しむ読書



30代に突入し、「時を置いた再読」をする機会が増えた。短期間で何度も読むのではなく、10代の頃などかなり前に読んだものを「どれ、久しぶりに読むか」と読み返すほうである。

時を置いて再読した本は、たまたま手に取ったものもあれば、「これは5年か10年したらまた読んでみたいな」とまるで年代物のワインのようにじっくりと置いていたものもある。どうして昔に読んだ本を改めて、しかも時間を置いて読み返すのか。時を置いた再読の魅力について考えてみたい。

【1】歳を重ねるからこそ、わかる感覚が増える

子どもの頃に読んだ作品を大人になって再読すると「これはこういうことを言っていたんだ!」と新しい感覚を得ることができる。例えば、『& Premium』2019年10月号の「あの人がもう一度読みたい本」では、モデルの菊池亜希子さんが『モモ』について次のようにコメントしている。

そのときは物語の展開を追いかけるだけで満足してしまって、本当は何が書かれているのか、気づいていませんでした。ところが大阪時代に帰省した時、実家の本棚にあったのを何気なく開いたらページをめくる手が止まらず一気に読んで、ようやく内容を理解できたんです。いわゆる自己啓発本のような、大人の言葉で生き方を説いてくる本が苦手な私には、この本が一番啓発になっている気がします。

『&Premium』2019年10月号「あの人がもう一度読みたい本」 菊池亜希子

『モモ』は多くの大人の心を掴んでいる児童文学作品だ。街の人々が時間泥棒に時間を盗まれてしまい、主人公のモモや仲間たちが取り戻そうと奮闘する。物語の展開が面白いのはもちろんだが、「時間を取られるとどうなってしまうのか」「時間とはいったい何なのか」を考えられるようになった大人だからこそ楽しめる部分は大きい。

あるいは、『NAGI』2019年春号「座談会 どうしたら町の本屋さんを残せるか」では、同誌発行人の吉川さんと「ひらのきかく舎」平野さんの会話が面白かった。

吉川氏:最近読んで面白かった本は、G・オーウェルの『一九八四年』。去年の秋、新装版を見つけ、買って読んだら衝撃を受けた。
平野氏:この本、発刊当時も話題になったのに、なんで今?
吉川氏:当時も買ったんやけど、途中で挫折したの。二〇代ではわからないことも、五〇代になると理解できる。本は買っておけば、何年後かに再読して深読みできたりするところがええな。

『NAGI』vol.76 2019年春号 町の本屋なくしてええの? 座談会 どうしたら町の本屋さんを残せるか 「ひらのきかく舎」平野さん・『NAGI』発行人 吉川さんコメント

学生の頃、挫折してしまった本はいくつかある。私で言えば、『若きウェルテルの悩み』。読んでは見たものの内容がさっぱり頭に入ってこず、面白さが理解できなかった。こういうものも、年齢を重ねればもしかしたら面白くなっているのかもしれないのだ。

年齢を重ねる読書の魅力というものは存在する。『OZ magazine PLUS』2016年9月号では、クリエイティブディレクターである嶋浩一郎さんが、読書と年を重ねることについて以下のように語っていたのが印象的だった。

人は歳を重ねることに対してネガティブにとらえがちだけど、歳を重ねるからわかる感覚ってあると思うんですよね。若いときに読んだ本を歳をとってから読むと、作品への感じ方が違ったりするように、加齢とともに積み上げてきた経験が感覚を変えていく。そういう変化を楽しめたら、歳を重ねることをおもしろがれる気がします。

『OZ magazine PLUS』 2016年9月 なんとかなる本とマンガ 嶋浩一郎さんインタビュー

【2】時代の変化が本の価値を変える

時間を置いた読書は、自分自身の変化の影響があるだけではない。時代の変化が本の価値や面白さを変化させることもあるだろう。

私にとっては、学生時代に読んだJ. M. クッツェーの『恥辱』がそれにあたる。主人公である年配の男性大学教授が教え子の若い女性と関係を持つものの、彼女やその周りの人々に関係を告発されてしまい、転落の人生を辿っていく物語だ。

初めて読んだときは、主人公の弱さや不運に同情を寄せる気持ちが強かったように思う。教え子の女性は彼をはっきりとは拒絶していなかった気がしていたし、逃げるように転がり込んだ自分の娘の家でも悲しい事件が起き、かわいそうに感じたことも多かった。

しかし読み返してみると、彼の弱さだけでなく狡猾さや愚かさも浮かび上がるようになった。自分の男性性に根拠のない自信を持ち、言葉巧みに女子学生との関係に持ち込む。女子学生は自ら関係を持ったというより、押しに弱く、教授に逆らいにくい立場にあったために巻き込まれた印象が強い。彼の考え方には同情しにくく、腹の立つ部分もかなり多いのだ。

10年ほど前に読んだときよりも、立場を利用したセクハラへの問題提起が浸透したこともあるだろう。自分自身に降りかかった理不尽な(そしてよくある)ハラスメントと重ねて読んだ場面もあった。初めて読んだ当時とは、また違った一面を印象深く感じるようになったのだった。

【3】当時の感情を思い出せる

初めて読んだ当時の感覚を思い出して、感動することもある。多感な時期に読んだ江國香織さんや川上弘美さん、よしもとばななさんの作品は、「ここに共感したなあ」と思い返すことができるし、初めて古典が面白いと思えたジェイン・オースティンの作品は、今でも新鮮に「200年以上も前の作品がこんなに色あせないなんてスゴイ!」と感じる。すっかり忘れていた思い出が蘇ることもあって、自分の人生を振り返るのにも役立つ。

学生時代から手元に残している本の数々は、時間が経った今でも私を救ってくれる。きっと今出会った本たちも、何十年後かに今の私を思い出してくれるのかもしれない。

まだまだ新しい本を読んでいきたい気持ちはもちろんあるのだが、これからは再読ももっと楽しくなっていくのだろう。そう思うと、読書の楽しみ方が無限に広がって行くようで嬉しい。



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