書き手の実体験をもとに語る「オートフィクション」とは?

ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』(単行本版)の解説、リディア・デイヴィス氏の「物語(ストーリー)こそがすべて」にて、「オート・フィクション」の存在を知った。

オート・フィクションとは、「書き手の実体験をそのままにすくい上げ、取捨選択し、慎重かつ巧みに語りに直す手法」なのだという。まさにルシア・ベルリンの同書でとられている手法である。ベルリンの物語について、息子が証言したとされる言葉が印象的であった。

わが家の逸話の思い出話は徐々に改変され、脚色され、編集され、しまいにはどれが本当のできごとだったかわからなくなった。それでいい、とルシアは言った。物語(ストーリー)こそがすべてなのだから、と

『掃除婦のための手引き書』ルシア・ベルリン「物語こそがすべて」リディア・デイヴィス p.297

実体験に基づいた本作は確かにリアルで、実際どこが本当でどこがフィクションなのかさっぱりわからない。それゆえに物語に浸りつつも、どこか自分の現実とリンクしながら読み進めることができた。

先に書いた、SF小説を読む感覚にも似ている気がする。

フィクションと現実の間で感じられる共鳴

オート・フィクションという手法の魅力はいくつかあるだろうが、あとがき内で引用されていた、ルシア・ベルリン本人のコメントが響く。

事実をねじ曲げるのではなく、変容させるのです。するとその物語それ自体が真実になる、書き手にとってだけでなく、読者にとっても。すぐれた小説を読む喜びは、事実関係ではなく、そこに書かれた真実に共鳴できたときだからです。

『掃除婦のための手引き書』p.307

例えば、物語に描かれる展開そのものは事実ではなかったとする。それでも、登場人物のセリフや振る舞いに「そういうこともあるよな」「そういう考えをしてもいいんだ」と共感、あるいは反発を抱くことがある。それはきっと、その物語に真実を見出しているからではないだろうか。

オート・フィクションは事実そのものではないが、事実よりも真実を見出せることもあるだろうし、直視することが難しい問題をやわらげて、別の角度から描くこともできるだろうと思う。それはときに、事実をそのまま伝えられるよりも心に残るのではないかと考える。

この手法もあってか、今年読んだ中でも『掃除婦のための手引き書』は特に印象的な作品であった。

ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』の感想はこちら!



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