有益じゃなくてもいいものだから、エッセイが好き

エッセイの好きなところに、「有益とは言い切れない、何気ない話がつらつらと書かれている」という点がある。誰かの個人的で、何でもない日常や雑感は面白い。

作家の村上春樹さんは『村上ラヂオ2:おおきなかぶ、むずかしいアボカド』の中で「エッセイを書く際の原則」を記している。

まずひとつは人の悪口を書かないこと(これ以上面倒のたねを増やしたくない)。第二に言い訳や自慢をなるべく書かないようにすること(何が自慢にあたるかという定義はけっこう複雑だけど)。第三に時事的な話題は避けること(もちろん僕にも個人的な意見はあるけど、それを書き出すと話が長くなる)。

『おおきなかぶ、むずかしいアボカド』村上春樹「エッセイは難しい」

しかしこうすると「どうでもいいような話」を書くことになり「思想性がなく、紙の無駄づかいだ」などと批判する人もいるらしい。うーん、確かに、作品に思想性や有益性を求めている人にとっては、エッセイは意味のないものになってしまうのかもしれない。

ただ、私はだからこそエッセイが好きだ。有益とは言い切れないものだからこそ気軽に読めるし、力が抜けるし、元気を貰える。あと、有益とは言い切れないだけで、うっかり学びになることもあったりして、それも楽しい。

誰かにとって無駄だとしても、私はこれからもエッセイを楽しんで、愛していきたいなあと思うのであった。