写真家・植本一子さんの日記『ブレブレ愛してる』は、植本さんの仕事や生活、ふだん考えていることなどが率直に綴られている。
簡潔でさらりと読める一方で、一つひとつの言葉に熱がこもっているような感じがあって、読んでいると思わず頷いたり、考え込んだり、なんだか泣きそうになることもあったりして、感情が忙しない。
まわりの人たちとの優しい日々が心地良い
植本さんの暮らしには、パートナーさんや子どもたち、友人たちの存在があり、彼らとのコミュニケーションの楽しさと難しさが日記を彩っている。
私が特に好きなのはカレーの話。植本さんが作ったカレーに何気なく文句を言うパートナーさんや子どもたちに対して、心の中で反論する植本さんに、つい笑ってしまった。
今日はカレールーの箱に書いてあるとおりに作ってみたのだが、ミツ曰く「味にパンチがない」とのこと。子供たちが大きくなったこともあり、最近中辛にグレードアップしたばかりなのだが「甘口がよかった~」と言い出す。
植本一子『ブレブレ愛してる』p.47
口には出さないが、どいつもこいつもうるせえなあ、と思う日曜の夜。

日々は楽しいことばかりというわけにはいかない。家族だから喧嘩やトラブルが起こるのも当たり前であるが、そんなときも一つずつ感情を整理するように言葉を綴っていく様は、読んでいて心地良い。
日記の中には友人たちも多く登場する。食事を共にしたり、おしゃべりをしたりする一方で、悩みを打ち明けたり、弱みを見せたりすることもある。彼らは植本さんの大きな支えとなっているのだなあと感じる。
誰もが抱える矛盾やもやもやに触れて
日頃見ないふりをしている矛盾や、忙しくて心の片隅に追いやってしまったもやもや……『ブレブレ愛してる』を読んでいると、それらが自然と掘り起こされて「ああ、私もそれ思ってた」と共感することが多い。
例えば、フェミニズムについて。私も最近勉強しているところではあるが、植本さんも執筆当時に関心を持ち始めたことが記されている。
しかし、フェミニズム関連の本を多く読むパートナーさんと話しても何となく納得がいかない部分があったり(彼が男性で、植本さんが女性だからなのだろうかと本書内で推測されている)、自分事として考えるのが怖いと感じたりして、フェミニズムと向き合うことの難しさに直面していることを吐露している。

これはおそらく私を含め、フェミニズムに関心を持ち始めた多くの人が抱える悩みだろう。急に「女性」「男性」という境界線がくっきり見え始めると、異性のパートナーや友人との向き合い方がわからなくなることもある。
そんなときは考えるのを止めたくなるが、本書にはその「止めたい」という感情すらも綴られていて、ほっとする。率直な気持ちを赦されているような気分になるからだろうか。
フェミニズム以外にも、パートナーさんとの関係性やふだんの生活の雑感など、答えのない「もやもや」がとりとめなく書かれている。そしてこのとりとめのない文章にこそ、私にとっての思考のヒントがたくさんあるように感じる。
何気ない生活に溢れる愛を、めいっぱい感じる
パートナーさんや子どもたちといつも楽しく過ごせるわけじゃない。いつも仕事や家事が順調なわけじゃないし、もやもやしたり、むかついたりすることもある。
それでも植本さんは「この生活を愛してる」とまっすぐに言う。それはつまり、楽しいときも悩めるときもひっくるめて、自分の今(日記執筆当時)の人生をしなやかに受け入れて生きているということなのだろう。
植本さんの人生は誰と同じでもない。しかし読者の私たちは、その考えや感情に自分を重ねて読むことができる。植本さんの言葉が流れるように、自分の心に入ってくることがあるのだ。矛盾した表現になってしまうが、気持ちよく心をかき乱される文章だと思った。
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